少し前まで京都には飛田新地のような遊郭が存在していた

所用で京都に出向くことが多かった私は元より、京都の古い町並みが好きだったこともあり、仕事のあとに時間があれば出来るだけ、交通機関を使わず自分の足で街の中を歩き回るようにしていました。それがまた楽しかったからです。

そうして歩いた街並みには、四条あたりの木屋町のように、新風俗のお店が建ち並んだ一角もありましたが、そこではさして面白味を感じませんでした。わざわざ京都で新風俗でもないだろうという思いからでした。

また、どちらかといえば熟女好みの私からすると、新風俗にいる熟女さんはまだ若く感じられたり、ただ年をとっているだけであまり年増のお色気も感じられなかったりすることも多かったので、出来れば昔の遊郭のようなところに行ってみたいなとかねがね思っていました。

京都でそうした遊郭を見つけたのは、全くの偶然からでした。

高瀬川に沿って木屋町通りを四条から五条に向かって歩いていると、風情のある日本旅館などが道に面して建っている光景に出くわしますが、そこに何か隠微な雰囲気が漂い出して来たのです。

五条通りを渡ってから高瀬川に沿って歩きを進めると、街の雰囲気は昔の赤線地帯のような感じに変わり出しました。

碁盤の目のイメージが強い京都の街並みですが、このあたりは細い路地が迷路のように入り組んでいて、路地の両側にはなにやらいかがわしいムードを醸し出した和洋折衷様式の小さな建物がところ狭しと軒を連ねているのでした。

このあたり一帯は五条楽園と呼ばれ、昔からの遊郭が戦後は赤線地帯になり、そして何とつい先ごろまで赤線に近い営業が行われていたのです。

私は何も知らずに路地を歩いていたのですが、格子のはまった部屋の中から「遊んでいきませんか」と声をかけられたのです。

値段を聞くと40分で1万4千円でした。

隠微なたたずまいをした遊郭を思わせる建物にすっかり気持ちが高まっていましたので、この店でその値段なら悪くないと思い、好みのタイプを告げると、すぐに呼びますから上がって待っていて下さいといわれ、2階の和室に通されました。

しばらくすると40代半ばと言った感じの女性が着物姿で現れました。急いで走ってやって来たのか、季節が夏の終わりでまだ残暑の頃であったこともあり、汗をかいていました。御膳に乗せられたビールを注ぐのももどかしく、少し汗ばんだお姐さんの身体を抱き寄せると、それがまた熟女のいやらしさとお色気を増幅させていて、すかさずさおがしなり出しました。

畳の上にお姐さんを押し倒し、着物の裾を割ると、下着はつけていませんでした。

偶然見つけたお店の風情ある和室で、和服姿の年増美人との一戦は、鮮烈な思い出として今も印象に残っています。